八角親方の現役時代や運営する八角部屋、千代の富士との関係について

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元横綱・北勝海こと八角親方は、
現役時代は千代の富士の弟弟子として
同時代の横綱として活躍。

引退後も八角親方として
日本相撲協会での仕事と
後進の指導をこなしてきました。


これまでの八角親方といえば、
相撲愛好家なら誰でも知っている
存在ではありましたが、
世間一般的にはやや影が薄い感が
否めない存在でもありました。


ところが、2015年11月に
日本相撲協会の北の湖理事長が急逝すると、
その代わりとして、日本相撲協会の
新理事長に就任し、一気に世間の注目を
浴びる存在になりました。


この記事では、そんな北勝海こと
八角親方の現役時代や、運営する
八角部屋について、そして、兄弟子である
千代の富士こと九重親方との
関係などについて調べてみました。
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八角親方(北勝海)の現役時代について


日本相撲協会の新理事長として
突如、注目を浴びることとなった
北勝海こと八角親方の現役時代
一体どのようなものだったのでしょう。


まずは小学生時代ですが、
なんとこの頃から、現役時代の
元横綱・北の富士から九重部屋への
勧誘を受けていたというのだから驚きです。


その後、北勝海こと八角親方は、
引退して親方となっていた
北の富士の九重親方の九重部屋へ、
中学卒業後、正式に入門します。

(実際には、卒業前から
部屋に出入りし指導を受けていました)


同期の力士は幕内で活躍した力士が多く、
花のサンパチ組」と呼ばれました。

同期で出世した力士では
横綱・双羽黒がいます。


もっとも、総合的な実績では
「花のサンパチ組」のなかでは
八角親方がトップと言えます。

1983年、19歳で十両昇進、
同年9月に20歳で新入幕、
1985年から3役へ定着し、その後も
好成績を取り続けるようになるなど
順調に成長していきます。


そして1986年3月には幕内初優勝、
同年9月に大関に昇進します。


なお、初土俵から本名の「保志」で
相撲をとり続けていましたが、
大関昇進時に四股名を
「北勝海」に改めています。

勝を「と」と読ませるのは
無理があると当時言われましたが、
この読み方はやがて定着し、
今では違和感なく受け入れられています。


その後、1987年横綱に昇進。

ついに角界の頂点の地位に上り詰めます。


1992年5月に引退するまで、
幕内優勝8回を数えました。


得意技は押し、左四つ、
寄りなどオーソドックスな型で
基本に忠実なことがわかります。

頭からの当たりの強さが
トレードマークでした。



ちなみに現役時代のライバルは
ひとつ年上の横綱・大乃国と
されていました。


ただ、北勝海も大乃国も双羽黒も、
彼らより年上ながら全盛期が長かった
横綱千代の富士の圧倒的な強さと
成績の影に隠れてしまった
存在であることは否めません。

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八角親方が運営する八角部屋は優良相撲部屋!?


北勝海は現役を引退後、8代八角親方として
九重部屋の部屋付き親方として
後進の指導に当たっていました。


しかし1993年、北勝力ら内弟子4人を連れて
九重部屋から分家独立する形で
高砂一門の相撲部屋・八角部屋を立ち上げます。


そして、当時の九重部屋に
部屋付き親方として在籍していた
年寄全員も八角部屋へ移籍するなど、
分家独立とは思えない順調な船出でした。

八角部屋の建物も、師匠である
北の富士がかつて利用していた
旧・井筒部屋を経たものを譲り受けて
一部改装した形となっているなど、
人間関係の良好さの反映を感じさせます。


現在までに、
元関脇・北勝力や元小結・海鵬など
9人の関取を輩出
していて、
現在も関脇経験のある隠岐の海が
出世頭の関取として所属しています。


八角部屋は、現在でも弟子の数が多く、
しかも、一定の実力を持ち、
関取候補として期待できる
幕下力士を多く抱えている
特徴があります。


このような状況が、部屋開設時から
コンスタントに維持されています。

この事は、八角親方の指導力の高さを
物語っている逸話だとも言えます。


また、
相撲部屋は一門など派閥の力学で
運営されている部分もあります。

そのため、相撲協会内外の
関係者との人間関係の構築も
安定的な部屋運営には不可欠です。


その点、八角親方は師匠であり
また、今では相撲解説者として有名な
北の富士勝昭さんとの間の
良好な関係が知られています。


※参照:北の富士勝昭の現役時代の逸話を解説!


北の富士勝昭さんや同門の親方衆は
各場所の千秋楽のあとは皆必ず
八角部屋へ顔を出すと言われています。

このように、八角親方の
人間関係の良さは相撲界でも極めて
際立っていると言えるでしょう。


さらに、後援会長も
なんと現役時代から一貫して
元政治家の鈴木宗男が務めている
など、
角界以外の支援者にも顔が広く、
付き合いも長いのも特徴です。

これらの逸話は、
八角親方の人望の高さを
示していると思います。


以上のことから、
八角部屋は八角親方の
人間性に基づいた部屋運営のうまさと
指導力の高さの双方によって、
安定的に優秀な力士を育て続けている
優れた相撲部屋であることがわかります。

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八角親方と千代の富士の関係について


現役時代の八角親方といえば、
千代の富士の弟弟子である事と、
その千代の富士との激しい稽古によって
強くなったというイメージで
語られることが多かったものです。

また、非常に稽古熱心な点と品格の良さが
横審委員会から高評価を得るなど、
単に土俵上の成績だけでは
語られない横綱であることは、
やや他の力士とは異なっています。


八角親方は、千代の富士こと
現、九重親方よりやや年齢が下ながらも、
晩成型で力士人生の長かった
彼の陰に隠れた存在であり、
成績で目立つことはあまりありませんでした。

千代の富士と比較すると
数少ない活躍や優勝も、
彼が休場している場所に
集中していたことからも明らかです。


このように、八角親方の相撲人生における
千代の富士は、彼にとって
大きな壁となっていた
事は確かですが、
一方で、彼との稽古があったからこそ
八角親方は横綱に昇進できたと言われています。

千代の富士の存在が、横綱・北勝海を
生んだのは間違いない
ようです。

同じ師匠、同じ部屋で
兄弟弟子として育った2人ですから、
引退後も手を携えて相撲界の発展に
寄与して欲しいところですが、
実際はそううまくはないようです。


前述のように、現在2人の
共通の師匠である北の富士勝昭さんが
各場所の千秋楽のあとは必ず
八角部屋に顔を出し、同門の親方衆も
みんな八角部屋に集まるのですから、
千代の富士こと九重親方の場合も
そうなのかと思いそうです。


ところが、
北の富士勝昭さんは九重部屋へは
顔を出すことはないというのです。


また、日本相撲協会理事選では、
九重親方と同門(高砂)である
親方衆の多くは八角親方へ投票。

その結果2014年の理事選では
九重親方が惨敗するという
予想外の事態も起こっています。


これを見ると、千代の富士こと
九重親方は人望がない

言わざるを得ないでしょう。


※参照:千代の富士が理事に落選した理由について


九重親方は現在役員でもない一方、
八角親方は2015年、日本相撲協会の
トップである理事長になります。

年齢、現役時代の実績、
役員としての実績からしても
九重親方が八角親方に抜かれたのは
驚きの結果と言えます。


千代の富士こと九重親方は
はっきり言って悔しいはずです。


つまり、同門の兄弟弟子だった
八角親方と九重親方の親方、
相撲協会の組織人としての状況は、
現役時代とはまるで逆になっているのです。

これは、「実力」と「人望」という
違った要因
によるものですが…


このような状況を見ると、
八角親方と九重親方の現在の関係
あまり良好とは思えませんが、
相撲界を背負っていくのに、
八角親方だけでは荷が重いに違いありません。

九重親方の力も不可欠でしょう。


ですから、日本の相撲界の為にも
八角親方と千代の富士こと九重親方には
仲を良くして欲しいものですが…


この記事のまとめ


日本相撲協会の新理事長として
突如注目を浴びることとなった
八角親方の現役時代は、元北の富士の
九重部屋に中学卒業後入門し、
激しい稽古で順調に出世します。

その後、ついに角界の
最高の地位・横綱に昇進します。

しかし、同時代にかの千代の富士が
いたこともあり、横綱としては
影が薄い力士でした。


引退後は八角親方として
八角部屋を1993年に創設。

今日に至るまで、順調に関取を
輩出し続ける優良相撲部屋として
高い運営手腕と指導性を発揮しています。

その影には人望の高さもあるようです。


また、八角親方の存在を語る上で
欠かせないのは千代の富士です。

八角親方は彼の弟弟子として
激しい稽古をしたからこそ
横綱になれたと言われています。


引退後の2人は、日本相撲協会の
組織人として対照的な結果になります。

千代の富士の九重親方は理事選に落選し無役、
八角親方は北の湖理事長の急逝を受け、
2015年12月に理事長に就任。

明と暗のふたりですが、
その一方で、今後の関係が心配です。


突然にして、日本の相撲界を
背負うことになってしまった八角親方ですが、
ぜひ、これまでの手腕を発揮し続け、
協会の舵取りを頑張って欲しいものです。

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