琴奨菊の出身地や豊ノ島との関係について。「琴バウアー」とは?

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やりましたね!琴奨菊関!


自身初の幕内最高優勝はもちろん、
10年ぶりの日本人力士の優勝という事で
歓喜のあまり涙ぐんでいる好角家の方も
きっと多いのではないでしょうか。


この記事では、そんな琴奨菊関の出身地や
豊ノ島関との関係について解説します。


また、最近話題になっている
「琴バウアー」についてもご紹介します。
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琴奨菊の出身地はどこ?輩出した有名人も紹介!

琴奨菊関の出身地は、
福岡県の南西部にある柳川市です。


佐賀県との県境にある所ですね。


柳川市出身の有名人としては、
俳優の妻夫木聡さんや歌手の徳永英明さん、
教科書にもっている歌人の北原白秋などが
馴染みがある人物として挙げられます。


そして、横綱土俵入りの1つである
「雲龍型」の名前の由来となった
元横綱・雲龍久吉の出身地も
この福岡県柳川市なんです。


柳川市出身の力士は他にもいるため、
相撲とは縁深い地域なのかもしれません。


琴奨菊関の話に戻ります。


琴奨菊関が大関になったのは
2011年の九州場所からで、
当時の成績は11勝4敗でした。

大関昇進後から今回の初優勝まで
何と、26場所の間が空いてる事になりますが、
このスロー優勝は、昭和以降の大関では
21場所で優勝した元千代大海の記憶を
更新する事になるみたいです。


地元の方もかなり待っていた事でしょうね。


そんな琴奨菊関ですが、
地元・福岡県で人気があるのは
もはや言うまでもありません。

例えば、出身地の柳川市では
有志の方が琴奨菊関が勝利するたびに
花火を打ち上げているのだとか。

通常は1本なのですが、
番付上位者に勝利した際は
その倍の2本なのだそうです。


また、同じ地元繋がりである
元大関魁皇の浅香山親方のことを
尊敬する力士として挙げているそうです。

一方の浅香山親方も琴奨菊関のことを
自身の後継者として期待していており、
そのため、今回の琴奨菊関の優勝にも、
きっと喜ばれている事と思います。

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琴奨菊の出身高校、そして豊ノ島との関係は?

そんな琴奨菊関ですが、
小学校を卒業すると相撲留学のために
高知県の明徳義塾中学校へ入学します。



出身高校も同じく明徳義塾高校ですね。


そして、
当時の琴奨菊関のライバルだったのが
16年初場所で12勝の成績と殊勲賞を獲得し、
千秋楽まで琴奨菊関と優勝争いを演じた
豊ノ島関でした。


この2人は年齢も初土俵も一緒で
初対面はなんと小学4年生の時の
全日本小学生大会だったそうです。


その後、琴奨菊関が
豊ノ島関の出身地である高知県の
明徳義塾へ相撲留学した事によって、
この2人は国体でチームメイトとして活動し、
共に優勝に貢献したこともありました。


また、琴奨菊関と豊ノ島関は共に
序の口、序二段時代は好成績を納め、
優勝争いを演じたこともありました。
(結果はいずれも豊ノ島関が優勝)


2006年以降になると幕内に定着。

三賞を受賞する回数が徐々に増えた点も
全く共通しています。


ちなみに豊ノ島関の三賞獲得履歴ですが、


・殊勲賞3回
・敢闘賞3回
・技能賞4回


こんな感じです。


琴奨菊関の大関昇進も凄いですが
豊ノ島関の記録もかなりのものですよね。

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そんな豊ノ島関に対して琴奨菊関は、


「いいライバルで、気付かせてくれるのは
いつも豊ノ島。いい関係ですね」

「彼の存在が自分を大きくしてくれる」


このように言及しています。


来場所では琴奨菊関の綱取りが
最も大きな焦点になるかと思いますが、
同時に、豊ノ島関の成績についても
注目が集まりそうですね。


ブレイク必死!?琴奨菊が見せる「琴バウアー」とは?


今回の琴奨菊関の優勝によって、
ブームになりそうな言葉があります。

その名も「琴バウアー


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フィギュアスケートの荒川静香選手で有名な
「イナバウアー」に掛けあわせたものみたいです。


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両足を大きく開いて体を反らすポーズが
2つとも共通していますね。



この「琴バウアー」が生まれたキッカケは、
2011年7月にまでさかのぼります。

当時、琴奨菊関は大関取りに挑んでいたものの、
終盤で失速してチャンスを潰してしまいました。


その原因が、自身の精神面の弱さだと考えた
琴奨菊関はメンタルトレーニングの第一人者である
東海大学体育学部の高妻容一教授を訪れます。

高妻教授は、琴奨菊関の立ち会い前の動きが
勝った後と負けた後で異なっている点を指摘し、
立ち会い前の動作を改善するよう提案。


そして、琴奨菊関は高妻教授のもとで
メンタルトレーニングに励んだ結果、
この「琴バウアー」が誕生したそうです。


メンタルトレーニングの成果もあってか、
この年の9月場所では12勝をおさめ、
その結果として大関昇進を果たしています。


なお現在では、この「琴バウアー」は
対戦前に必ず行うポーズになっており
琴奨菊関が「琴バウアー」を行うにつれて、
ファンも大歓迎を浴びせるように。


来場所からは、この「琴バウアー」にも
より多くの注目が集まりそうですね!

※参照:琴奨菊の妻や所属先の佐渡ケ嶽部屋について。稀勢の里との関係は?


まとめ


琴奨菊関の出身地は
福岡県の南西部にある柳川市です。


小学校を卒業後、琴奨菊関は
高知県の明徳義塾中学校へ入学し
同県出身の豊ノ島関と国体などで活躍。

琴奨菊関と豊ノ島関は年齢も同じで、
序の口、序二段時代は優勝争いを演じ、
2006年以降、共に幕内に定着しています。


また、琴奨菊関が対戦前に見せる
「琴バウアー」というポーズも
今ではかなりの注目を集めており
琴奨菊関の代名詞にもなっています。


それでは、今回はこの辺で失礼します。

最後までお読みいただき、
ありがとうございました!

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