北の富士勝昭の出身地の旭川市について。現役時代の逸話も解説!

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現在、NHK専属の相撲解説者として、
ご活躍中の北の富士勝昭さん。


その出身地である北海道の旭川市は、
一体どのような所なのでしょうか。


また、北の富士勝昭さんが持つ
現役時代の逸話についても、
同時に調べてみました。

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北の富士勝昭の出身地である北海道旭川市とは


北の富士勝昭さんの出身地
北海道の旭川市(出生地は網走郡美幌町)という所で、
小学校・中学校時代は、軟式野球の
主力投手として活躍されていました。



北の富士勝昭さんの出身地である
北海道旭川市について簡単に解説すると、
北海道のほぼ中央に位置する市で、
北日本で第3番目の人口を有する都市です。


この旭川市ですが、気候的には、
年間の気温差が大きい地域として有名です。


夏は緯度が高い割には暑い一方で、
冬になると、北海道内でも有数の
寒い土地になる事として知られています。



産業としては、物流拠点である他、
農業や酒造業も盛んで、異名である
『北の「灘」』も知られています。


近年は、ペンギンのお散歩などで有名な
旭山動物園の躍進によって、道内では、
札幌に次ぐ第二の観光地となっています。


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北の富士勝昭の現役時代の逸話を紹介!


それでは、
北の富士勝昭さんは現役時代では
一体どのようなお相撲さんだったのでしょうか。


現役時代の逸話、エピソードについても
気になる所ですね。


北の富士勝昭さんが角界入りしたキッカケは、
1954年の留萌で行われた巡業の際、
横綱 千代の山に見出された事でした。


千代の山は、恵まれた体格をしていた
少年時代の北の富士勝昭さんを見つけ、
相撲をして、東京見物してみないか
このように声をかけられたそうです。



千代の山に声をかけられた事によって、
北の富士勝昭さんは相撲に関心を持ち、
中学卒業と同時に出羽海部屋に入門。



1957年1月に初土俵を踏んだ
北の富士勝昭さんは十両5場所目で、
何と全勝優勝を飾っています。


実は、十両と幕内最高優勝の双方で、
全勝優勝を経験しているのは、
北の富士勝昭さんただ一人なのです。



その一方で、
最終的に横綱になった力士としては、
関取になるまで、多くの苦労をされています。



また、北の富士勝昭さんと言えば
現役時代の数多くの愛称が有名です。


・現代っ子横綱
・プレイボーイ横綱
・夜の帝王


などなど、数えきえれないほどの愛称が
現役時代の北の富士勝昭さんにはありました。



また、サインを求められた際には、
色紙には多くの力士が書くような、
「努力」や「忍耐」と言った言葉は
絶対に書かなかったとも言われています。



他にも、現役時代から副業として、
キャバレーやちゃんこ屋を経営したり、
歌手として、レコードレビューを
実現したというエピソードもあります。



これを見るに、北の富士勝昭さんは
相撲道一筋に邁進するという
タイプでなかったようですね。

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現代っ子として見られるような
行動、活動を、人目を気にせずに
行っていたエピソードがあります。



また、北の富士勝昭さんの横綱時代は、
同時期に横綱であった玉の海と
良きライバル関係にありました。



2人の関係は「北玉時代」とも呼ばれ、
北の富士さんが横綱に昇進した時期も、
ライバルであり、最大の親友である
玉の海と同時の横綱昇進でした。



そんな玉の海が、横綱在位中に
病気のため急逝されました。


早すぎる玉の海の訃報を、
巡業先で耳にした北の富士勝昭さんは、
人目もはばからずに号泣したと言う
逸話が伝わっています。



普段はクールで、
現代っ子気質を演じてきた
現役時代の北の富士勝昭さんですが、
心根は、本当は暖かい方なのでしょう。




・参照:北の富士勝昭の解説が面白い!その内容や名言、語録も紹介



その一方で、北の富士勝昭さんには、
現役時代及び引退後の親方時代にも、
数知れずのスキャンダルが登場します。


このあたりが、現代っ子と称される
もう1つの所以であるのでしょう。



まとめ:北の富士の出身地と現役時代について


北の富士勝昭さんの出身地は
北海道の旭川市という所です。


この旭川市は、北海道の中央に位置し、
北日本でも3番目の人口を有する
都市としても知られています。



また、北の富士勝昭さんは現役時代に、
数多くの愛称で親しまれていたり、
あるいはキャバレーやちゃんこ屋を
副業として行うなど、本当に様々な
逸話でも知られています。


このような北の富士勝昭さんですが、
ちょっと型破りなタイプであるところが、
現在、解説者としてご活躍なさっていても、
歯に衣着せぬ物言いで、お茶の間の人気を
博している理由でもあるのでしょう。


この北の富士勝昭さん独特の解説で、
今後も、相撲を大いに楽しみたいものですね。

One Response to “北の富士勝昭の出身地の旭川市について。現役時代の逸話も解説!”

  1. 網走郡美幌町民 より:

    北海道旭川市(旧網走郡美幌町)って何?
    美幌は道東、旭川は石北峠の向こう側。。。。
    いつ美幌が無くなったの?

    全くでたらめ情報ですね(笑)

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