九重部屋とは。力士や所属する高砂一門について!

貼り付けた画像_2016_07_20_22_11


九重部屋と聞くと、今の九重親方こと元横綱:千代の富士を思い浮かべる人が多いかと思いますが、実は「九重」という名は「年寄名跡」の襲名なのです。

分かりやすくいえば、よく、歌舞伎や落語の世界でも襲名披露がありますよね。親方の名前も同じように「襲名」して受け継がれており、今の九重親方は13代目になるのですよ。


今回は、九重部屋とはどのような相撲部屋なのかについて、力士や所属する高砂一門について見ていきましょう。
スポンサードリンク

九重部屋とはどのような相撲部屋なのか?


九重部屋は、今の親方(元横綱:千代の富士)があまりにも有名すぎて、昔からある相撲部屋というイメージをお持ちの方も多いでしょうが、実は分家問題やら破門など様々なことがあって、ようやく今の九重部屋に落ち着いたのです。


九重部屋の創設のきっかけは、かつて井筒部屋の部屋付き親方をつとめた8代目九重親方(元大関:豊國)が、井筒部屋から分家独立した事にさかのぼります。しかし、親方が体調を崩してしまったため部屋は閉鎖され、その後11代九重を襲名した(元横綱:千代の山)の時に、後継者問題が勃発します。


この11代九重こと、元横綱:千代の山は出羽海部屋の部屋付き親方でした。まわりの人も、千代の山が出羽海部屋の後継者だと考えていたのですが、当時の出羽の海親方が自身の後継者を元横綱:佐田の山と決定した事から、千代の山こと11代九重は13人の内弟子を連れて出羽海部屋から独立してしまったのです。


その後、千代の山はあらためて九重部屋を創設し、当時の所属力士で毒舌解説で有名な北の富士さんが12代九重として跡を継ぎ、千代の富士、北勝海という2人の横綱をはじめとした数多くの関取を育て上げます。北の富士さんのあの歯に衣着せぬ叱咤激励は、それだけの相撲を見る目の凄さゆえなのですね。

ここで、落ち着いたかと思いきや、もうひと問題起きるのです。

スポンサードリンク


今の13代九重親方と、12代九重親方である北の富士さんとの間の決裂です。


当時、九重部屋の部屋付き親方であった8代八角(元横綱:北勝海)が分家独立して八角部屋を創建した際に、当時の九重部屋の部屋付き年寄が全員八角部屋に移籍したのです。この八角部屋は当時の九重部屋の施設を譲り受ける形で設立されたので、千代の富士こと現在の九重部屋はゼロからのスタートで相撲部屋の運営に当たる事になりました。

13代九重部屋は1993年、自身の38歳の誕生日に自宅を改装して「現在の九重部屋」を創設。現在に至るまで若い力士の育成に励んでいます。


それでは、現在の九重部屋にはどのような力士が所属しているのでしょうか。
以下で詳しくご紹介します。


九重部屋に所属する力士を簡単にまとめてみた


元横綱:千代の富士こと13代九重親方は、元大関:千代大海、元小結:千代天山などをはじめとする、数多くの関取をこれまでに育て上げています。

九重部屋の所属力士の特徴としては、四股名に「千代〜」という2文字が付いている事が挙げられますが、この2文字は、今までの様々なトラブルの果てにようやく作り上げた「元横綱千代の富士」の部屋だという思いと、弟子への愛があるのではないかと思わずにはいられません。


2016年11月現在では、九重部屋には以下の関取の力士が所属しています。
(番付は全て最高位)


・千代鳳:小結
・千代大龍:小結
・千代の国:前頭4枚目
・千代翔馬:前頭6枚目
・千代丸:前頭11枚目
・千代皇:前頭15枚目
・千代嵐:十両10枚目



しこ名に「千代」がついているので、すぐに九重部屋の力士だとわかりますね。


この中では、千代鳳と千代丸が兄弟に当たり、兄弟幕内力士として盛り上がった事もありました。また、多くの怪我で泣かされながらも幕内に復帰した千代の国や、逆に一時は小結に昇進しながらも十両に陥落し、再度幕内へ復帰を果たした千代大龍などもよく知られています。

※参照:千代鳳ってどんな力士?兄弟や出身地についても解説!

※参照:千代大龍の実家の親や結婚相手の妻について。糖尿病を発症した?

※参照:千代の国の出身地や力士としての実力について。結婚や彼女の噂は?

※参照:千代翔馬ってどんな力士?出身地やその強さについて!


九重部屋に所属している力士たちを見ていると、いつも楽しそうなイメージがあります。きっと師匠の温かい指導のもと、この若い力士たちは活き活きと稽古に励んでいるのでしょうね。


九重部屋が所属する高砂一門について


九重部屋は高砂一門に所属しているのですが、その過程には前述した出羽海部屋からの独立問題がありました。

出羽海部屋から独立した元横綱:千代の山ですが、この部屋が所属する出羽海一門には独立を許さないという規定があったため、これを破った千代の山は出羽海一門から破門されてしまったのです。この時、千代の山を助けたのが元横綱:前田山こと4代高砂で、この時の縁で千代の山は高砂一門に所属する事になりました。


これ以来、九重部屋は高砂一門に所属しています。この高砂一門は、相撲部屋に存在する6つの一門のうちの1つで、明治時代の力士である高砂浦五郎によって創設されました。この高砂浦五郎という人物は、多くの横綱、大関を育てた名指導者であった一方、当時の角界の権力者としても大きな力を持っていた事でも知られています。


高砂一門に所属するのは九重部屋、高砂部屋をはじめ、東関部屋や八角部屋、錦戸部屋が挙げられます。これらの一門は稽古総見などで、同じ一門の力士同士が出稽古に行ったり迎え入れたりしながら切磋琢磨し合っています。

スポンサードリンク


この記事のまとめ


九重部屋がどのような相撲部屋なのかについてご紹介しました。

この部屋の成り立ちを見ていくと、歴代の九重親方の多くの苦労があったのだと感じます。
また、国民栄誉賞を受賞した程の人気力士でもあった現在の13代目の九重親方と、日本相撲協会の理事長でもある八角部屋の複雑な関係も興味深いところです。この歴史を知った上で北の富士さんの解説を聞くと、また違った意味で面白いかもしれませんね。


なお、以下の記事では八角親方と千代の富士の関係について解説しているので、興味があれば一度ご覧になってみて下さいね。

※参照:八角親方の現役時代や千代の富士との関係について



追記:16年7月31日

本日、九重親方こと元横綱千代の富士が
亡くなられたと報じられました。

31回の優勝、幕内通算1045勝という大記録はもちろん、
これまで多くの関取を育て上げきてきた九重親方。

ご逝去の報に接し、謹んでお悔やみ申しあげます。


コメントを残す

サブコンテンツ

このページの先頭へ