正代の四股名の由来や実家の熊本について。所属部屋も解説!

2014年に角界入りし、現在は幕内上位の番付で奮闘している正代関

十両に昇進した記者会見で、記者から「当たりたい力士は?」と尋ねられて「誰とも当たりたくない」と答えた事も話題になりました。

超ネガティブ力士こと、正代関の素顔はどのようなものなのでしょうか?その四股名の由来や実家、所属部屋についてご紹介します。

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「正代」という四股名の由来は海賊だった!?


正代関の本名は「正代直也」(しょうだい なおや)と言います。
つまり、正代関は本名をそのまま四股名にしている力士なのです。

本名を四股名にも使用するというのは、正代関のライバル・遠藤関など、学生相撲上がりの力士には珍しくありませんが、正代関の場合は師匠の時津風親方が「四股名としてもおかしくないいい名前」と話していることから、当分の間はこの四股名を使い続けると見られています。


日本人の苗字としても珍しい「正代」という苗字は、埼玉県東松山市や熊本県熊本市などが発祥とされています。

一説によると、平安時代後期、今の埼玉県北部から群馬県最南部あたりに「児玉党」いた武士団が「小代」という姓を名乗り、鎌倉幕府から九州を守るように言われたとされています。海賊になったという説もあります。


その後、姓を小代から正代と改め、その子孫が熊本県に移住したと言われています。
正代関のご先祖様は、もともとは関東地方にいた小代家の末裔という事になりますね。

なお、今の日本には全国で約380人の正代さんがいると言われています。

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正代関の実家はどこ?親戚の大物演歌歌手とは!


正代関の実家は熊本県の宇土市です。

宇土市出身の力士として有名なのは、横綱土俵入りで有名な「不知火型」の端緒となった横綱、不知火諾右衛門が挙げられます。

※参照:雲竜型と不知火型の違いと、それぞれを選んだ力士について


また、正代関は2015年に十両に昇進しているのですが、熊本県出身の関取としては2013年の肥後ノ城(2016年7月では東幕下21枚目)以来なのだとか。正代関は現在では前頭上位に番付を上げているので、地元の方は今後の三役昇進に大きな期待をなさっているのだと思います。

ちなみに、正代関は演歌歌手の石川さゆりさんの親戚だと言われています。
石川さゆりさんも同じ熊本県の方なので、今後共演される事などがあるかもしれませんね。


正代関の所属部屋の時津風部屋について解説


正代関の所属部屋は時津風部屋で、69連勝という大記録を残した昭和の名横綱、双葉山が立ち上げた相撲部屋です。現在でも「双葉山相撲道場」という看板が上に掲げられている事からも、その歴史と伝統が伺えます。

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現在の時津風部屋は正代関と豊ノ島関の2名の幕内力士が所属されています。豊ノ島関はかつては東関脇を務め、三賞を何回も受賞し、時には優勝争いにも絡んだ経験がある実力を持つベテラン力士です。一方の正代関は、東京農業大学から3年前に入門し、平成26年3月場所での前相撲でデビューを果たした若手力士ですが、現在は正代関の方番付が上になってますね。


ちなみに、時津風部屋の現在の親方である16代時津風と先々代の14代時津風の母校が東京農業大学である縁で、東京農大出身力士が部屋に多数所属しているのも時津風部屋の1つの特徴です。

正代関も2014年に東京農業大学を卒業されてますね。


また、時津風部屋と言えば2007年の暴行事件が世間を賑わせました。
このため当時の幕内力士であった時津海が急遽親方となり「時津風」を襲名しています。

ちなみに正代関は16代時津風の直弟子にあたり、現在は部屋の筆頭力士として活躍されており、今後の活躍が期待されています。

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この記事のまとめ


正代関の四股名の由来やその実家、所属部屋についてご紹介しました。

昭和の名横綱、双葉山が立ち上げた時津風部屋に所属する正代関の実家は熊本県宇土市なのですが、そのご先祖様は関東にいた武士団だそうです。名字がそのまま四股名になっているのも大きな特徴ですね。

まだ20代半ばという年齢もあって、正代関には非常に大きな期待がかかっていると思います。必要以上にネガティブにならずに土俵上で力を発揮するとともに、若い力士の育成にも力を入れて欲しいものです。

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